その男、武千代

34歳、独身、モッズ系、借りぐらしの崖っぷち。

「マイケル3世」の圧倒的才能

私はここ数年、

「ファッションリーダーでありたい」

と思って暮らしていた。

 

モッズ界の超新星

そしてモッズに止まらないファッション性、

モッズとモードの架け橋、

モッズとフレンチファッションの合いの子、

モッズとアメカジのハイブリッド、

モッズにインスパイアされたスポーツファッション、

モッズ界の革命児、

すなわち、それは私、武千代。

日本、いや世界のモッズが認める存在になりたい、それが私の目標だった。

 

 

「モッズ界の革命児」になるために日々「WEAR」を眺め世のオシャレさんのファッションをチェックし、メンズファッションバイヤー「MB」氏のメルマガを購読しファッションを体系的に学び、ネットで見つけたオシャレに敏感なファッションサイトをお気に入りに登録して日々チェックする日々。

 

私はファッション漬けの日々を過ごし、ストイックにファッションと向き合い、メキメキとファッション偏差値を向上させた私は、もはや

地元じゃ負け知らずなモッズ系34歳」

になったと感じていた。

 

もう誰かの模倣はやめ、オリジナリティを追求する、「フォロワー」ではなく「リード」する存在、すなわち

「ファッションリーダー」

として振舞っても良い時期が来たと思っていた。

 

 

そんなある日、

「そろそろ世界に目を向けよう」

と海外のオシャレファッションサイトを検索した時に見つけたのが

マイケル3世

というファッショニスタ。

 

ニュース|クリスチャン ルブタン公式サイト - アーティスト兼インスタグラマー:Michael the III

 

このサイトの紹介文を読んでも「マイケル3世」が一体何者なのかよくわからない。色々と検索をしてみたが「マイケル3世」の全貌がわかる日本語サイトが見つからない。

 

 

実際に私が初めて「マイケル3世」の存在を知った記事を読んでもらいたい。その方が「マイケル3世」を感じて頂けると思う。

 

マイケル3世式 オープニングレセプションの装い | SSENSE 日本

 

このサイトに辿り着き、「マイケル3世」に初めて触れた時に思ったのは、

 

「文章が恐ろしく読みづらい」

 

ということだ。

 

私はこの記事を読み切るのにおよそ1週間かかり、記事の内容を理解するのにさらにもう1週間程の時間がかかった。英語の原文を無理矢理訳しているのか、日本語を読んでいる気がしない。頭に文章が入ってこない。こんな感覚は初めてだった。

 

ただそんな恐ろしく読みづらいこの文章を最後まで読んでしまう程、私を惹きつけたのは「マイケル3世」のファッションだ。彼の感度の高いファッション。控え目に言って、ファッション性が、高過ぎる。

 

先程のサイトに掲載されている全ての写真が、私が今まで触れたことのない斬新なファッション、前衛的な構図、そして圧倒的なオリジナリティを放っている。唯一無二。他に類を見ない存在感。これが本当の「ファッションリーダー」だ、と私は直感的に感じた。彼こそが「ファッションリーダー」だ、と。

 

 

そこから彼の記事をいくつか読んだ。どの記事も読みづらい文章だが、ファッションスナップはやはり圧倒的な個性を放っている。

 

マイケル3世式 ベッドルームファッションの手引き | SSENSE 日本

 

世の中に「ベッドルームファッション」という概念があることを教えてくれた「マイケル3世」。

 

マイケル3世式、オフィス ファッションの手引き | SSENSE 日本

 

このオフィスファッションの記事は個人的にかなり好みで、こんなファッションした人間が突然職場に配属されたら毎日ワクワクするな、と思いながら読んだ。

 

マイケル3世式 ジム ファッションの手引き | SSENSE 日本

 

私もジムに行くので「ジムファッションの手引き」は興味深く読ませて頂いた。

 

 

しかし、はっきり言って「マイケル3世」が提案しているファッションが「オシャレ」なのか、今の私には理解が出来ない。

 

「マイケル3世」が「ファッション」を「リード」している事はわかる。

 

今の私の「オシャレ偏差値」では、彼のファッションを正当に評価することが出来ない。そのレベルまで達していない。数年かけて上がったと思っていた私のオシャレ偏差値は、「マイケル3世」の前では無力であった。無力であり、おそらく彼のレベルまで到達する事は私には不可能だろう。不可能だし、「マイケル3世」みたいになりたいかと言われると、特になりたくない。なりたくないし、私は、あんな格好で外に出れない。

 

 

私はもう自分のことを「ファッションリーダー」だなんて言わないし、今後「ファッションリーダー」を目指したりもしない。私の想いは全て「マイケル3世」に託した。これからも「マイケル3世」には「ファッション」界を常に「リード」してもらいたい。

 

 

「レキシ」のライブに参戦します

私、武千代、明日の横浜アリーナ公演に参加します。

 

 

レキシのライブは今回で3回目。

前回、前々回は武道館公演。

3年振りのレキシのライブ。

 

 

いよいよだ。

前回の武道館公演は行けなかったので久しぶりだ。

 

 

新譜の曲からのゲストは出るのだろうか。

武道館公演の時は色んな人がゲストで出ていた。

横浜アリーナ公演は2daysなのでバラけるのか。

果たしてゲスト自体来るのか。

ノーゲストか。

気になる。

 

 

レキシ。

 

 

ここ数年で私が一番ハマったアーティストだ。

おかげで歴史に再び興味を持ち始め、1人で古墳や城を巡るようにもなった。

九州旅行では「吉野ヶ里遺跡」に行き、「三内丸山遺跡」見たさに青森旅行もした。

仁徳天皇陵」を見るために1人で大阪に向かい、一度で飽き足らず、社員旅行で大阪に行った時も足を運んだ。

日本最大の円墳を見るために1人でレンタカーを借りて「さきたま古墳群」にも行った。

「さきたま古墳群」の近くには「のぼうの城」で有名な「忍城」があるのでついでに行った。

「さきたま古墳群」と「忍城」はここ5年で4回行っている。

初夏の古墳は、草が青々と生い茂り、まるでフカフカのクッションのようで見応えがある。

 

私が嬉々として古墳や遺跡の素晴らしさを人に滔々と語るなんて、レキシに出会う前の私に話しても信じないだろう。

 

 

レキシとの出会いは「狩りから稲作へ」という曲だった。

ラジオから流れてきたこの曲を初めて聴いた時の衝撃、私は未だに忘れない。

私は、曲名とアーティスト名を聞き逃さないように、カーステレオの音量を上げた。

 

曲の最後にパーソナリティを務めていた「グローバー」は言った。

 

 

レキシで「狩りから稲作へ」でした。

 

 

アーティスト名が「レキシ」?

曲名が「狩りから稲作へ」?

なんだそれ?

聞き間違いか?

 

すぐにiTunesで調べるとホントに出てきた。

「レキシ」で「狩りから稲作へ」

 

 

私は期待している。

横浜アリーナでの「狩りから稲作へ」を。

そして横浜アリーナを稲穂で埋め尽くす瞬間を。

「キャバレークラブ」に関する考察

新年の挨拶もないまま、こんな日記で2019年をスタートさせるなんてどうかしてるのはわかっている。

しかし、お風呂に浸かっている時に思いついてしまったのだから仕方がない。

 

今回、

 

『「キャバレークラブ」通称「キャバクラ」にどうして男性は依存するのか。』

 

について、私なりの考察を発表する。

 

◼️キャバレークラブとは

Wikipediaには、

キャバクラとは、キャバ嬢と呼ばれる女性が客席に付き接待を行う飲食店。ネット上で行う『ネットキャバクラ』という種類もある。料金は時間制で、常時接待を行う風俗営業(接待飲食店)である。

と書かれている。

そして、Wikipediaにはキャバ嬢が顧客を獲得するための営業手法等が事細かに書かれている。読みだすと面白くて時間を忘れてしまう。

 

キャバクラ - Wikipedia

 

◼️キャバクラ依存の始まり

当たり前だが、世の男性は生まれながらにキャバレークラブには依存していない。一般的に社会人になってから「キャバクラデビュー」を飾るケースが多いのではないだろうか。

社会人になると、会社の上司に連れて行かれたり、取引先とのお付き合いで連れて行かれたりと何かと「飲み会の後にキャバクラに行く」という機会が多くなる。

飲み会が多くなると必然的にキャバレークラブに行く機会が増えてくる。これが依存のスタートだ。

私見ではあるが、飲み会が多いと言われている特定の業種に、キャバレークラブに依存する男性が多いように感じる。

 

◼️キャバクラ依存度

【ステージ:1(依存度低)】

基本的に、

「誰かに連れて行かれない限りキャバクラに行かない」

というスタンス。自分のお金を払ってまでキャバクラに行かない。私の学生時代の友人の多くはこの[ステージ:1]の人間だ。

この状況の依存度はとても低く、キャバクラがこの世からなくなっても困らないレベル。いわゆる「まともな金銭感覚を持っている」男性だ。結婚するならこういう男性が良い。

 

【ステージ:2(依存度中)】

[ステージ:2]になると、

「友人や、会社の同僚と飲んだ2軒目か3軒目にキャバクラにだいたい行く」

という状況になる。

飲み会の後にキャバクラに行かないと気が済まないレベル。「飲み会」と「キャバクラ」がワンセット。

[ステージ:2]になる頃には、職場近くや地元のキャバクラに馴染みのキャバ嬢がいる。そして、「指名をする」という大人のお金の使い方を覚え、少しずつ1回あたりのお会計が高額になる。「まともな金銭感覚」が崩壊し始める。

中にはワリカンなのをいいことに「シャンパン」を入れたりする猛者も現れる。こういう男性は、他のメンバーの懐事情を考えていないので次回から飲み会に呼ばれなくなる傾向にある。

[ステージ:2]まで来ると自力でキャバクラを断つ事が難しい。「結婚」や「子供が産まれる」、「大病を患う」等、人生のターニングポイントがないとキャバクラから離れられない。

 

【ステージ:3(依存度高)】

「1人でキャバクラに行く」

これがキャバクラ依存の[ステージ:3]。キャバクラ依存の最終形。

[ステージ:2]、「飲み会とキャバクラがワンセット」の状況を長く続けると、たまに飲み会が一次会だけで終わると落ち着かなくなる。ワンセットのはずのキャバクラがないからだ。飲み会終わりでおもむろに複数のキャバ嬢に連絡を取り、出勤しているか確認をして、出勤しているキャバ嬢のいるキャバクラに足を運ぶ。もちろん、1人で。

中には複数人でキャバクラに行った後に、1人だけもう一度戻ったりする男性もいる。これが「1人でキャバクラに行く」、[ステージ:3]への入口という見解もある。

[ステージ:2]を経て、複数のキャバクラに馴染みのキャバ嬢がいる状況なので、1人で行けるキャバクラは何店舗もあり、1人でキャバクラに行ってもそれなりに楽しめる。むしろ1人で行った方が楽しくなってくる。周りのペースに合わせる事なく、自分の心ゆくまでキャバクラを満喫出来る。そして飲み会の後に、毎回1人でキャバクラに足を運ぶことになる。

こうなるともう病気だ。立派な依存症。

「まともな金銭感覚」はとうの昔に崩壊し、深夜まで酒を飲み、タバコの本数も増え体調不良、睡眠不足が常態化する。

こうなるとキャバクラ依存から抜け出すことは基本的に不可能だ。[ステージ:2]の段階で「人生のターニングポイント」があっても、「キャバクラ通い」をやめなかった猛者のみが到達出来る世界。それが[ステージ:3]。 

 

◼️なぜキャバクラに依存するのか

私や、職場の同僚数名はかつて[ステージ:3]であり、完全にキャバクラに依存していた。

その経験を基に「人はなぜキャバクラに依存するのか」という問題と向き合ってみたい。

 

【男だけで飲むことに限界を感じる】

毎夜のように男だけで飲んでいると、最初は楽しかった飲み会も、段々と新鮮味が無くなり、話の内容もマンネリ化してくる。

飲む人を変えたり、居酒屋を変えたりと目先の変化をつけるにも限界があり、「飲み会のペース」に「変化のペース」が追い付かなくなり、最終的に「男だけで飲むことに限界を感じる」ようになる。

出来れば異性で、会話の内容にも新しい風を吹かせてくれる存在がいないか、と考えた時に一番手っ取り早く解決出来る場所、それがキャバクラなのである。

いつものメンバーで飲んでいても、キャバクラに行けばまた新鮮な飲み会に早変わり。毎回同じキャバ嬢がいるわけではないので、同じ店に行っても前回とは違う展開が待っている。飽きたら別のキャバクラに行けば、また新しい展開が待っている。

「ノリの良くないとても可愛いキャバ嬢」より、「ノリが良くて面白い大して可愛くないキャバ嬢」の方が多く指名されているのも、「男だけで飲むのに限界を感じた」男性の心を掴んでいるからなんだと思う。

楽しい飲み会を求めて、男たちは夜な夜なキャバクラに通うのだ。

 

【無責任で許される】

社会人になると、なにかと「責任」がつきまとう。自分の不用意な発言や行動が、勤め先の看板を傷つけるかも知れないし、自分自身の出世や会社での立場に響くかも知れない、取引先に迷惑をかけるかも知れない。

「無責任」は「悪」とされ、「無責任」な人間を容赦なく糾弾する社会構造の中で、「責任」を取れる範囲で無難に生きているように感じる。

世の中に「無責任」でいられる場所は少なく、家族や恋人、友達と一緒にいるにも「無責任」ではいられない。人は生きている限り「責任」から逃れられない。

しかし、(お店のルールを守れば)キャバクラで、我々はある程度「無責任」でいても許される。

職場の事務員には出来ないようなセクハラ発言をしても、女友達には聞けない今日の下着の色を聞いても、上司の事を方汚く罵っても、過去の栄光を自慢しても、わけのわからないダンスを踊っても、最後まで歌えない歌を歌っても、大丈夫。時間内なら大丈夫。足りなかったら延長すれば、大丈夫。

仕事中はとても真面目な取引先の方が、キャバクラで普段見たこともない笑顔でキャバ嬢と騒いでいる姿を見ると、キャバクラでは職場や家庭での「責任」という足枷を外して楽しんでいるように見える。

キャバクラに依存する人は、「キャバクラ」という「空間」に対して、お金を払って「無責任」でいられる「時間」を買っているのかも知れない。

 

◼️キャバクラの正しい楽しみ方

[ステージ:3]当時の私の生活や、お金の使い方を考えると、自分のことながら「頭がおかしかった」としか思えない。今は少し落ち着き[ステージ:2]と[ステージ:1]の間くらいであり、キャバクラと適度な距離を保っている。

 

私のキャバクラ依存度が下がった原因は単純で、「飽き」だ。

 

どんな美味しいご飯やお菓子、面白い映画やテレビだって何度も続いたら人は「飽きる」。私はキャバクラに「飽きた」のだ。

飽きるほどキャバクラに行き、私の手元に残ったのは、キャバクラで貰った領収書と、キャバ嬢の名刺くらいのものだ。高い勉強代だったが、仕方がない。覆水盆に返らず、だ。そんな返ってこない「覆水」をすすって学んだことがある。

 

キャバクラは人の金で行け。

 

これが私が得た一つの「真理」だ。

世の中には接待交際費を使いたがっている人が少なくない数いる。そういう人の尻馬に乗って楽しむ、キャバクラに連れて行ってくれる取引先を増やす、これが最善の方法だと思う。「キャバクラ乞食」と呼ばれようが構わない、キャバクラには行きたいけど、もう自分の金は払いたくないのだ。

 

 

 

長々と書いてきたが、私のキャバクラに関する考察は以上である。私が見聞きした狭い範囲での考察なので、あくまで個人の感想として読んでいただきたい。

ただ、この日記が皆さまの適度なキャバクラライフに寄与できたら嬉しく思う。

フランツ・フェルディナンドのライブに行った

前回の日記でも書きましたが、11月にフランツ・フェルディナンドのライブに行きました。

 

フランツ・フェルディナンドというバンドのライブに行く - その男、武千代

 

まぁなんせ盛り上がりまして、

盛り上がりすぎて、

しばらく冷静でいられず、

自分の中で消化出来ずに、

いたずらに時は過ぎ、

11月が終わり、

12月も終わりを迎えそうで、

あっという間に2018年も終わりそうで、

いつのまにか日記も放置しておりました。

ライブからもう1ヶ月。早い。時の流れは早い。

 

ライブ自体は、新旧楽曲を織り交ぜた大変バランスの良いセットリストで、昔からのファンも、新しいファンも盛り上がる内容だったと思います。

 

Franz Ferdinand @ 東京国際フォーラム ホールA (東京都) (2018.11.27) | ライブ・セットリスト情報サービス【 LiveFans (ライブファンズ) 】

 

私はやはり1stアルバムに思い入れが強いので、1stアルバムからも4曲演奏した今回のセットリストは個人的には良いものでした。
もちろん新譜の曲もカッコよくて、始まりから終わりまでずっと踊り続けられる楽しいライブ。他のアーティストじゃなかなか味わえない。一貫してエンターテイメントを追求するフランツ・フェルディナンドのライブは見る者を惹きつけ、魅了する。

 

個人的フランツ・フェルディナンドのベストソングである「The Dark Of The Matine」や「This Fire」、「Michael」も演奏し、私のボルテージもマックスに。今年一番の盛り上がりをみせました。

 

ボーカルのアレックスは相変わらず終始キメキメなライブをするエンターテイナーで、全席指定の東京国際フォーラムを完全に掌握し、後半には観客を煽って一階前方をライブハウスと化す圧巻の横綱相撲。

 

そして、当初懸念していた

「ギターのニック不在問題」、

東京国際フォーラムとの相性問題」、

そんなの余裕で払拭するフランツ・フェルディナンド

彼らはメンバーが変わったくらいでフランツ・フェルディナンドでなくなったりしない。

彼らは会場がオールスタンディングでなくてもオールスタンディングにしてしまう。

彼らは常にフランツ・フェルディナンドであり、それ以外の何物でもない。

そんな圧倒的な実力を感じました。

 

初めてライブを見た時から思ってましたが、
ダサいのにカッコいいアレックス、
曲間に開脚ジャンプするダサいアレックスと他のメンバー、
ハンドマイクでパフォーマンスしながら歌うダサカッコいいアレックス、
古いのに新しい彼らの音楽性、
ダサいとカッコいいのギリギリの音楽性、
ダサいアルバムアートワーク、
ダサい物販のTシャツ、

でも最後はカッコいいに行き着く、
これがフランツ・フェルディナンドの真髄なのかも知れません。

 

早く新しいアルバム作って、また来日して欲しいものです。

フランツ・フェルディナンドというバンドのライブに行く

「大学時代に好きになって、今でも聞き続けているバンド」

ってそんなに多くない。

 

そもそも大学を卒業して10年以上(!!)経過しているので、コンスタントに活動しているバンドが減ってきているし、この10年で音楽性が変わって好きじゃなくなったバンドもいるし、私の音楽の趣味が変わって聞かなくなったバンドもいるし、解散してしまったバンドもいるので仕方がないことではあると思う。

 

そんな中、新譜が出れば今だに発売日前にフラゲし、ちゃんとアルバム1枚通して聞くし、昔のアルバムだって頻繁に聞き、ライブにもだいたい行っているバンド。

 

それが「フランツ・フェルディナンド」である。

 

フランツ・フェルディナンド (バンド) - Wikipedia

 

余談だが、このwikipediaのページ、メンバー写真が掲載されているのだが、脱退したギターのニックがいて、初期からのメンバーで、現在も在籍中のドラムのポールがいないのが謎である。

 

たしかにニックが脱退した時は驚いた。「ニック推し」の私は本当にショックだった。

 

ニックはバンドの花形だった。

 

高い位置でギターを構え、左右に高速で揺れながらギターをかき鳴らし、ボーカルのアレックスを食う勢いでコーラスをし、時にはキーボードも弾く。1人で何役もこなせるユーティリティ。私はライブに行くといつもニックに注目していた。

 

そんなニックを失った悲しみを受け入れ難いのはわかる。痛いほどわかる。

 

ただ、もうメンバーではないニックの写真を載っけて、今もメンバーであるポールの写真を載っけないのは良くない。

 

ポールはドラマーとして、バンドの肝であるリズムを支えている。ニックほど目立たないし、メンバーの中では地味かも知れない。しかし、同じリズム隊で、ポールと同じくらい地味なベースのボブは載っているのだ。

 

メンバー写真が掲載されていないのは、新メンバー2人と、ポール。これはどういうことだろう。陰謀の匂いがする。引き続き、調査が必要だ。

 

 

 

何はともあれ、2004年の傑作デビューアルバム「Franz Ferdinand」から聞き始めて14年。あの時、私はハタチだった。

 

デビューアルバムを引っさげて2004年のジャパンツアー、今は亡き「横浜BLITZ」での初ライブから早14年。その時、私はハタチだった。

ハタチの私は、フランツ・フェルディナンドに夢中だった。「The Dark Of The Matinee」に夢中だった。

 

2ndアルバム「You Could Have It So Much Better」はそんな興奮覚めやらぬ中、2005年にリリース。

 

その翌年、2006年にはロックの聖地「日本武道館」でのライブ。「日本武道館」がダンスホールになった瞬間、私はアリーナで踊り狂っていた。人生で一番踊り狂った瞬間かも知れない。

 

その後、2009年リリースの3rdアルバム「Tonight: Franz Ferdinand」、2013年リリースの4thアルバム「Right Thoughts, Right Words, Right Action」のジャパンツアーでは2公演とも「Zepp Tokyo」でアラサーの私が、年甲斐もなく踊り狂いました。

 

フランツ・フェルディナンドとしては5年ぶりの5thアルバム「Always Ascending」が今年の頭にリリース。(間にスパークスとのコラボ盤「FFS」がありました。あれも良かった。)

 

そして明日、「東京国際フォーラム」でのジャパンツアーに参加します、私。

 

国際フォーラムはライブ会場としてはとても好きな場所なんですが、座席指定のためフランツ・フェルディナンドとの相性が良いのか。果たして私はアラサー最後の年に踊り狂えるのか。そんな、こちらの杞憂を吹っ飛ばすくらいのライブで、東京国際フォーラムダンスホールに変えてくれるのか。

 

今から楽しみです。

 

結果は近日、ライブレポートととして発表いたします。

 

フランツ・フェルディナンドファンの方、会場でお会いしましょう。

サイキック・医者

先日の日記でも書きましたが、風邪をひきました。

 

体調絶不調 - その男、武千代

 

すぐに治るだろうとタカをくくっておりましたが、なかなか治らないので近所の病院に行きました。

 

その病院に行くのは多分3年ぶりくらい。インフルエンザにかかった時に以来。そもそも普段あまり体調を崩さないので病院自体が久しぶり。

 

さっさとお薬もらって帰ろう、と思って病院のドアを開けるとまあまあ混んでる。しかも平日の午前中なのでもれなくご高齢の方々。ベテラン勢が幅をきかせている待合室。

 

私も「34歳」という、そこそこの年齢ではありますが、この場では完全に最年少。圧倒的な年齢差を持って最年少。

 

受付を済ませ、「平日の昼間から私服で病院に来てる青年」に対する、ベテラン勢の値踏みするような視線を受けながら隅の方で呼ばれるのを待ちます。どうやらニートかなにかと思われているようです。

 

「私は平日休みなだけなんです」

「正社員として日々まじめに働いてるんです」

「今はどうしようもない格好をしてますが、普段はスーツをビシッと着こなしてるんです」

と弁明したい気持ちを抑え、本棚にあった「ドラえもん」を脚を組み、スマートに読みながら、呼ばれるのを待つことにしました。

 

ベテラン勢の皆さんは、受付のおねえさんと顔なじみなのか楽しそうに話しをしています。

 

保険証を忘れたおじさんは受付の人に、今月は来るのが初めてだと言われても、「いやー、今月来たと思ったんだけどなぁー」と何回も言って受付の人を困らせていました。多分、来てないでしょう。

 

少しすると名前を呼ばれたので診察室へ入ります。

 

先生にいつから風邪っぽいか、症状はどんな感じか質問され、それに答える私。

 

私の返答を聞いた先生は、

「喉が真っ赤で、微熱が37度の前半くらいだろうね。」

とおもむろに呟き、喉をスコープのようなもので私に見せてくれました。

 

するとどうでしょう。

喉が真っ赤に腫れています。

 

そして、体温計で私の体温を計ります。

 

するとどうでしょう。

37度2分です。

 

私はこの時、

「この先生はサイキッカーではないか」

と疑い始めていました。

 

他にも、先生の予言が的中し、私が驚愕しているうちに診察は終了しました。

 

狐につままれた気持ちで診察室を出て、お薬をもらい、病院を後にする私。

 

私は、「あの先生サイキッカーではないか」、という予感を、確信に変えながら帰路につき、帰りにうどんを食べてから帰りました。うどんは、少し量が多かった。

 

 

そして、数日たった今、私が思うことは、未だ風邪が治らなくて辛い、ということ。

それが、真実です。

体調絶不調

認めたくないが、

「風邪」

をひいたような気がしてならない。

 

「病は気から」

と昔から言うように、認めたらホントに風邪をひいてしまいそうなのでまだ認めたくない。

 

ただ体調はここ数日絶不調。

 

木曜日からずっと喉が痛い。

その上、鼻も出る。

少し熱っぽい。

体も、心なしかダルい。

 

いわゆる「風邪」の諸症状が出ている、全部出てる。「風邪」の諸症状の全部のせ。オールインワン。

裏を返せば、諸症状を見る限り、私は「風邪」である。

「A=B」であれば、しからば「B=A」なのである。

 

こうなると言い逃れが出来ない。

私は「風邪」をひいている。

潔く認めるしかない。

 

だからマスクもしているし、

毎朝滋養強壮のためにモンスターの白を飲むし、

龍角散のど飴を食べ、

エスタックイブファインEXを飲んでいる。

 

なんなら今日はそのルーティンに加えてルルの栄養ドリンクまで飲んだ。

 

するとどうだろう。

とてもケミカルなイエローのお小水が止まらない。

とても人間の体から出て来たとは思えないケミカルなイエロー。

 

私の体は今、蝕まれている。

「風邪」と、

「ケミカルな何か」に。

 

もはや「風邪」よりも、「ケミカルな何か」の方が怖い。断然怖い。

 

このままこんな暮らしを続けると、私は色とりどりのお小水を出して、周囲を恐怖のどん底に突き落とすことになる。

 

「ケミカルな何か」が、私のお小水を様々に着色する。

 

「レインボーお小水野郎」というあだ名にされる可能性がある。それか「カラフルお小水ボーイ」、あるいは「技のデパート」。「色彩のブルース」。

 

 

 

 

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