その男、武千代

33歳、独身、借りぐらしの崖っぷち。

スポーツジムと武千代

私はかれこれ1年半くらいスポーツジムに通っている。

 

30過ぎて、運動もほとんどしてないし、お酒を飲むこと多いし、タバコも吸うし、生活も不規則なので体調管理も兼ねてジムに通い始めた。

 

仕事の終わりが遅いので仕事の日はほとんど行けないので、週に1、2回行ければいい方。仕事が忙しくなると行けなかったりもするので全然ストイックではなくマイペースに通っている。

 

ジムの良いところはスマホと距離を置けるところと、運動してる時は頭が空っぽに出来るところと、運動終わりの交互浴が気持ちよくて至福であることだろう。

 

普段、生活していてスマホをいじらない時間は短いし、仕事のことやらプライベートのことで考えることも多いし、仕事終わりが遅いので湯船にゆっくり浸かることも少ないのでジムに行くのは私にとってストレス解消と、体のメンテナンスに一役買っている。

 

 

 

 

というのは建前で、ジムに入会した当時、私はジムに通えば、ジムに通いさえすれば、ジムにいる可愛いおねいさんと仲良くなれると信じていた。

 

ジムにいれば

「体を動かすことが好きで健康的な趣味を持っている爽やかな男性」

というイメージが勝手におねいさんの中で醸造され、仲良くなるのも容易、正直チョロいくらいに考えていた。

健康的にもなって、おねいさんとも仲良くなれて一石二鳥じゃないかと。

 

しかし、私は平日休みのため、平日の午前中からお昼過ぎくらいの時間にジムに行くことが多い。

平日の午前中からお昼頃のジムの客層をご存知だろうか。

 

 

 

 

おじさんと、おばさんである。

 

 

 

 

年齢層には結構幅があるのだが、もれなくおじさんとおばさん。だいぶおじさんもいるし、ややおじさんもいる。もちろんだいぶおばさんもいるし、ややおばさんもいる。

 

しかし、若いおねいさんなんは、いない。皆無だ。

 

これは誤算だった。

 

平日の昼間、いつものようにジムに行くと受付でおしゃべりしているおばさん集団、男性ロッカールームにはおじさんだらけ、ジムエリア手前にある休憩所ではまた別のおばさん集団が陣取っている、ジムエリアに入ると右も左もおじさんとおばさん、レッスンをやっているスタジオの中もおじさんとおばさんがすし詰め状態、運動を終えてお風呂に入るとそこには大量の裸のおじさん。

 

もしもベジータがこの状況を見たらこう言うだろう、

 

 

「まるでおじさんとおばさんのバーゲンセールだな。」

 

 

と。

 

 

私も33歳なので「自分は若いぞ!」と大手を振って言えなくなって久しいですが、あの空間にいたら私なんて若手も若手。この年で最若手じゃないかって日すらある。33歳で最若手なんて久しぶりだ。

 

こんなはずではなかった。おじさんとおばさんに囲まれて体を鍛えるなんて想像してなかった。加齢臭を超えた老齢臭がキツイ日だってある。そんなの入会する時に聞いてない。説明不足じゃないか。おい、責任者はどこだ。

 

 

そんな出会いもトキメキもない中、私はただただストイックに体を鍛え、闇雲に、やや捨て鉢な気持ちで健康を増進している。

 

黒髪のショートヘアがよく似合う、引き締まった健康的なボディーで、20代中盤素敵な女性を待ちながら。

社員旅行に行きたくなくて色々策を練ってみる

先日、上司が9月に社員旅行に行くことを発表した。

 

その瞬間から私は、

「どうしたら社員旅行をパス出来るか」

をずっと考えている。

 

行きたくない。私は社員旅行に行きたくないのだ。

 

会社の飲み会だって行きたくないのに、会社のバーベキューだって行きたくないのに、もはや会社にすら行きたくないのに。社員旅行だなんて。

 

私にとって社員旅行は「参加したくない会社の行事」のぶっちぎりで1位。2位以下に大差をつけての1位。2位に48ゲーム差ぐらいつけて1位、なんなら開幕した時から2位に17ゲーム差くらいついてる。

 

 

そもそも休みの日に会社の人と会うのがとても嫌だ。平日に毎日会ってるのに。休みの日くらい顔を見たくない。

 

数えてみると社員旅行に行った週は「12日間」連続で職場の人と顔を合わせないといけなくなる。約半月にも及ぶ長期間、毎日顔を合わせるなんて。私は、連続して12日間も、職場の人と会いたくない。地獄だ。

 

12日間も顔を合わせたい人なんてこの世に「吉岡里帆」と「吉高由里子」、「広瀬すず」、「小松菜奈」、「本田翼」、「波瑠」、「木村カエラ」、「北川景子」、今パッと思い出せるのはこれくらいだ。

 

ネットで、

「社員旅行  行きたくない」

と打ち込むとたくさん休む口実を掲載してるページが出てくるから面白い。

みんな社員旅行に行きたくないんだ。そう思うと心強い。同士はたくさんいる。私はひとりじゃない。

 

調べてみるとプランは色々とあるようで、みんなあの手この手を使って社員旅行を断ることに必死に知恵を絞っている。

 

代表的な断り文句としては、

「大切な友人の結婚式」

をデッチ上げるというのがあった。

社員旅行より前に決まっている結婚式より社員旅行を優先しろ、とはさすがに言われないだろうという作戦。確かにこれは使える。幸い友人はたくさんいる。選り取り見取りだ。誰を結婚させてやろうか。

 

しかし、我々の会社は平日休み。よって社員旅行の日程も平日。平日に結婚式を挙げる友人というのはいささか信憑性に欠ける。ダメだ、これは使えない。

 

 

他には

「家族との予定」

というのもあったが、残念ながら私は33歳、独身のため両親と弟夫婦と祖父母以外に家族がいない。

この布陣で、私だけ平日休みで、平日に開催される社員旅行を、上手に断る口実を、私は思いつかない。誰かに死んでもらう以外に思いつかない。さすがにそれはバレる、死んでいない人を死んだことにするのは難しい。

しかも毎年家族の不幸で社員旅行を欠席していたら、数年したら私は天涯孤独になってしまう。バレる、これもダメだ。

 

 

更に強硬策のような

「正直に行きたくない事を伝える」

というのもあった。変に嘘をつくと、その嘘がバレないように更に嘘を重ねて精神衛生上よくない、翌年以降も断るならこの際本当の事を打ち明けて断ろう、みたいな感じ。

確かに、それはごもっともだ。誰も嘘なんてつきたくない。

ただそれは上司が話のわかる人で、比較的進歩的な考えを持ってる場合じゃないと通用しない。

私の上司は身長180cmを超え、見た目はまるで戸愚呂弟のようで、声は低くデスボイス、毎日夜遅くまで仕事する事を奨励し、そして何より社員旅行を楽しみにしている。

そんな先進性は無くとも圧倒的な強さを誇る上司に社員旅行に行きたくないと正直に伝えるとどうなるか。

 

 

 

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こうなるか、

 

 

 

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こうなるだろう。

 

私はまだ死にたくない。やりたい事もたくさんある。ここで死ぬわけにはいかない。しかし現時点での私の実力では戸愚呂弟を倒すのは不可能だ。あっけなく力尽きるだろう。秒殺、いや、瞬殺だ。

 

しかし、私が戸愚呂弟を倒す道を選び、仕事そっちのけで玄海師範の下で修行を積み、仮に戸愚呂弟を倒せる程の強さを身につけることが出来たとしよう。恐らくその頃には、社員旅行は無事に終わり、私は会社での居場所を失っているだろう。サラリーがなくなるのも困る。生活が出来ない。それは困る。

 

 

まさに八方塞がり。

 

 

もう万策尽きた。私は社員旅行に参加するしかないのだ。悔しい、私はとても悔しい。

 

 

私は自分の意思を貫けなかった悔しさや悲しみを抱えたまま、

沖縄の綺麗な海で泣く泣くマリンアクティビティに興じ、

白い砂浜でパラソルの下、嫌々ピニャ・コラーダやマイタイを飲み、

苦し紛れに国際通りでショッピングをし、

夜は三線の演奏を聴きながら沖縄料理に渋々舌鼓を打ち、

不本意ながら夜の街に繰り出して、

沖縄美女とのパーリナイを余儀なくされるのであろう。

 

 

 

 

誠に遺憾である。

「ジャンボンハムレタスサンド」の「ジャンボンハム」とは一体

私は33歳、独身、一人暮らしのため、残念ながら朝ごはんを作ってくれる人がいない。

なので朝は少し早く起きて職場の近くの喫茶店で朝食を取るのがここ数年の日課になっている。

 

半年程前に異動があり、そこからは毎朝、職場近くの「エクセルシオールカフェ」で朝食を済ませている。

 

エクセルシオールカフェ」のモーニングは4種類あり、

・たっぷりタマゴサラダサンド

・ジャンボンハムレタスサンド

・クロックムッシュ

・厚切りフレンチトースト

で構成されている。

 

この4つのメニューの中から私は毎朝「ジャンボンハムレタスサンド」を食している。

 

一応、「ジャンボンハムレタスサンド」に落ち着くまでに「たっぷりタマゴサラダサンド」(これは時期によってメニューが変わるはず)も「クロックムッシュ」も食してみて、最終的に「ジャンボンハムレタスサンド」に落ち着いた。

 

「厚切りフレンチトースト」だけは今まで食していない。三十路を過ぎたおっさんが朝からフレンチトーストを食べるのはいささかはばかられる。

でも美味しそうだ、しかも普通のフレンチトーストじゃない、「厚切り」だ。なんなら「はちみつ」も付いてくる。美味しいに決まってる。

でも頼まない、三十路過ぎたおっさんがフレンチトーストを美味しそうに頬張っている姿は朝から刺激が強すぎる。昼間だって、夜だって刺激が強い。

だから私はフレンチトーストを頼まない、これは大人のマナーだ。

 

三十路を過ぎたおっさんがどうしてもフレンチトーストが食べたかったらどうしたらいいのか。

 

 

 

 

家で、自分で作って、食え。

 

 

 

 

先日、いつものようにカフェの店員さんに「ジャンボンハムレタスサンド」を注文した時にふと、「ジャンボンハム」とは何だ?、と思いその日の朝食は「ジャンボンハム」についての思索に耽っていた。

 

「ジャンボンハム」

 

初めて見た時は「ジャンボハム」かと思ったが違う、「ジャンボンハム」だ。33年生きてきて初めて見た単語だった。

 

「ジャンボンハム」

 

最初は「ジャンボンハム」と言う自分に気恥ずかしさを感じていたが、今はもうなんとも思わない。自然に「ジャンボンハム」と店員さんに言うことが出来る。むしろ半年前に比べたら発音良く「ジャンボンハム」と言えている自信すらある。

 

「ジャンボンハム」

 

ただ、私は約半年に渡ってほぼ毎日のように「ジャンボンハム」というフレーズを発していたが、「ジャンボンハム」がどういったハムなのか知らない。なので毎日食べている「ジャンボンハムレタスサンド」に挟んであるハムが本当に「ジャンボンハム」なのかどうかは私にはわからない。

 

「ジャンボンハム」

 

もしも「ジャンボンハムレタスサンド」のハムを普通の「ロースハム」にすり替えられていて、気づかず毎日食べている私の事を「あの人毎朝「ジャンボンハムレタスサンド」頼んでるけどホントはただの「ロースハムレタスサンド」食べてるのよ笑。しかも半年間ずっと気付かないのよ笑。」と店員さんの間で笑い者になっているかもしれない。さすがにそれは卑怯だと思う。

 

「ジャンボンハム」

 

たまにスーパーで買い物をすることがあるが、「ジャンボンハム」という商品は見たことがない。むしろ「エクセルシオールカフェ」以外では見たことがない。こうなると「ジャンボンハム」が実在するのかも怪しく感じる。もしかすると「成城石井」、「紀伊国屋」のような高級スーパーにはあるかも知れない。しかし、私の家の近所にはどちらのスーパーもない。あるのは「西友」と「イオン」だけだ。

 

「ジャンボンハム」

 

果たして実在するのか「ジャンボンハム」。私は得体の知れない「ハム」、すなわち「ジャンボンハム」が挟んであるサンドイッチをここ半年間、毎日欠かさず食べている。これは恐ろしい事ではないか。自分が食べている「ハム」のことをよくわかっていないのにも関わらず毎日食べ続けている、のだ。無関心の極みだ。毎日食べているのに、だ。

 

「ジャンボンハム」

 

「概念としてのハム」があり、「実態としてのハム」がある。普段、我々が目にするのは「実態としてのハム」であり決して「概念としてのハム」ではない。スーパーで販売されている「ハム」は「実態としてのハム」であることに異論はないだろう。では「概念としてのハム」とは一体何なのか。その答えの一つがもしかすると「ジャンボンハム」なのではないかと私は考える。

 

「ジャンボンハム」

 

「ジャンボンハム」は「概念」なのである。そして私は「概念としてのハム」である「ジャンボンハム」が挟んである「ジャンボンハムレタスサンド」を毎朝食べている。その「概念としてのジャンボンハム」を挟む、「パン」と「レタス」は「実態としてのパン」と「実態としてのレタス」である。そこにも異論はないと思う。何故なら「概念としてのジャンボンハム」を「概念としてのパン」や「概念としてのレタス」では挟めないからだ。もしも、この世に「全てが概念としてのジャンボンハムレタスサンド」があるとしたら、それはお皿に何も乗っていないのと同義だ。

 

「ジャンボンハム」

 

ここまで書いてきて私は薄々気付いている。

 

早くググればいいのだ、「ジャンボンハム」を。

 

そうすれば「ジャンボンハム」の写真から「ジャンボンハム」がどうやって作られるかまできっと全てGoogleが教えてくれる。しかし、私はそれを良しとしない。便利になり過ぎた世の中で、人は自分で何かを考えるということを放棄してしまってはいないか。私は警鐘を鳴らしたい。

 

みんなが考える「ジャンボンハム」があったっていい。100人100通りの「ジャンボンハム」があったっていいじゃないか。私は強くそう思う。そして筆を置こうと思う。

 

 

 

みんなの心の中に「ジャンボンハム」はいます。

 

 

 

 

 

 

一度は食べたい世界のハム|日本ハム株式会社

 

フランス語で「ハム」だったみたいです。

「だもんで」と言う営業マンから電話がかかってきた件

先日、職場に広告の営業マンから電話がきた。

 

声の感じ50絡みのおじさん、30そこそこの私よりだいぶベテラン。流暢な営業トークで広告を載せないかとアピールする50絡みの営業マン。

 

営業の酢いも甘いも噛み分けたような、百戦錬磨のようなオーラを電話越しに感じる私。

 

ただ、少し話しをするうちに気づいた。

 

 

 

この人「だもんで」って言い過ぎじゃない?、と。

 

 

 

センテンスとセンテンスの間にことごとく「だもんで」って挟んでくる、なんならセンテンスのスタートにも「だもんで」って言ってる、それどこからの「だもんで」なんだ。

 

もう途中から広告のセールストークそっちのけで何回「だもんで」って言うか数えてた。そしたら1、2分の会話の間に26回くらい「だもんで」って言ってた。

 

 

 

広告を担当しているのは店長で、外出中だったのでその旨を伝えると、

 

 

 

 

「さようでございますか、店長様はお出かけだったもんでいらっしゃいますか。」

 

 

 

 

 

!?

 

 

 

 

 

「お出かけだったもんでいらっしゃいますか」

 

 

 

新しい。

 

 

 

「だもんで」の過去形、「だったもんで」と敬語のコラボレーション。

 

 

「だもんで」って一般的には敬語とは遠い存在だと思うんです。ビジネス会話の中では使っちゃいけない類のフレーズ。新入社員がお客様と電話中に「だもんで」って連発したら、電話終わった後にすぐさま先輩社員が注意するレベル。お前口癖ですげー何回も「だもんで」って言ってるよ、気付いてる?、意識して治さないとダメだよ、みたいな。

 

 

 

しかし、「だもんで」使いこなし、もはや1番遠い存在である「敬語」と融合させるレベルまで到達したこの50絡みの営業マン…出来る!

 

平坦な道のりではなかったはずだ。何度も何度も注意されても「だもんで」を使い続けた男気溢れる営業スタイル…賞賛に値する!

 

 

 

とか妄想しながらニヤニヤして電話を受けていたのですが、私に広告掲載の権限がないとわかるとそそくさと電話を切られてしまいました。

 

 

もっとお話ししたかった、あなたの「だもんで」をもう少し聞きたかった。そして過去形の「だったもんで」を超える新たな活用形を披露して私の度肝を抜いて欲しかった。残念でならない。寂しい。この気持ちをどこにぶつければいいの。また、すぐ電話して来てくれるだろうか。その時きっとあなたは最初から店長を指名して私となんか話してくれないんだ。寂しい。私はあなたのなんだったの。話しかけてくれたのはただの気まぐれだったの…?

 

 

 

 

そろそろ仕事を真面目に取り組もうと思います。

そのゲームの名は「駅メモ」という

私はかつてスマホゲームの類にはハマらない人間であった。

 

昔テレビのCMでバンバン宣伝してるようなゲームをダウンロードしてみたが1ヶ月もしないうちにやめてしまった。

 

元々そんなにゲームが好きな人間でもないし、基本的に単調な工程が多いスマホゲームはすぐに飽きてしまう。

 

レベル上げるのに単純な作業を繰り返したり、

強いキャラ出すためにガチャ引いたり、

ガチャ引くのに課金したり、

キャラを強くするアイテムを手に入れるためにガチャ引いたり、

ガチャ引くのに課金したり、

毎日欠かさずログインしたり、

ログインしては課金をして、

一度課金をしてしまったら最後、

もう引き返すことの出来ない道への第一歩、

そして課金ユーザー達との終わることのない殺し合い、

無限に広がる殺戮の荒野、

その荒野での殺し合いを制するために強いアイテム・キャラを手に入れるためまたさらなる課金、

課金地獄、

自らのプライベートから私財を投じて嬉々として茨の道を突き進む、

それがスマホゲーム。

恐ろしい。

 

基本、ゲームのアイテムとか実生活で全く役に立たないし、手元にも残らないものにお金を払うって感覚が理解出来なかった。

 

しかもお金払ったって欲しいものが手に入るかわからないなんてとてもナンセンス。

お金の使い道ってもっとたくさんあるでしょ、って思う。

 

 

 

 

 

そんなスマホゲームには死ぬほど懐疑的で、課金なんてする人の気持ちがわからないと豪語していた私が、最近課金するほどハマっているゲームがある。

 

 

 

 

それが「駅メモ」だ。

 

 

 

 

正式名称は、

 

駅メモ!−ステーションメモリーズ!−」

 

というタイトルの中に2回もエクスクラメーションマークの入るイカしたネーミングのゲーム。

 

ゲームの内容は公式ホームページをご参照ください。

駅メモ! - ステーションメモリーズ!- 公式サイト

 

このゲーム、とても簡単に言うと電車に乗って、ボタンを押すと位置情報を使って最寄りの駅にアクセスして、その駅の数だったり、路線の数を増やしてポイントを稼ぐだけ。ただそれだけ。

 

私は電オタではないので電車に関する知識はほとんどない。通勤で電車に乗るくらいしか今までしてこなかった。

 

そんな私が休みの日には乗ったことのない路線を求めて遠出し、1日にアクセス出来る回数を増やすために課金をし、来る日も来る日も「駅メモ」にログインしている。

 

最近では仕事で遠出することがあるとワクワクする、「駅メモ」をしながら移動も出来るし、お給料だってもらえる。遠方に行く用事を自ら創出してる節すらある。

 

 

 

今までハマらなかったスマホゲームにどうしてここまでハマってしまったのだろうか?

 

 

 

新しい駅にアクセスし、アクセスした駅、路線が増えていく様子は私の収集癖をいたずらにくすぐる。

駅メモ」では今までアクセスした駅の数や、路線、都道府県を確認出来る。

この数字が増えていくのがある種の快感なのだ。

 

しかし、この数字は私の実生活では全く役にたたない。完全なる自己満足。

 

 

 

もう一つ、「駅メモ」では駅にアクセスする時に陣取りゲームのように駅の争奪戦が繰り広げられる。

その争奪戦は「でんこ」と呼ばれるキャラクターの強さで決まる。多くの駅にアクセスすれば「でんこ」は強化され有利になる。

 

「でんこ」には攻撃力が高い「でんこ」や、防御力が高い「でんこ」、他の「でんこ」をサポートする「でんこ」と色々と個性がある。複数の「でんこ」を自分なりの組み合わせでパーティーを組み、駅の争奪戦に挑むことになる。

 

そしてこの「でんこ」はゲーム内のガチャでしか手に入らない。

 

もちろん課金しなくてもガチャはひける。

ただそれには何日も何日もログインし続けなければならない。何十日もログインしてやっと一回ガチャが引けるようなレベルである。

 

私は沢山の優れた「でんこ」をすぐさま欲しかった。私の収集癖に火が付いた。

 

優れた「でんこ」を獲得し、育成し、思いつく限りの最高のパーティーを組みたかった。最高のパーティーで駅の争奪戦を勝ち抜きたい。

 

駅の争奪戦を勝ち抜き、たくさんのポイントを獲得し、手持ちの「でんこ」が強くなる、そして強くなった「でんこ」で駅の争奪戦を勝ち抜く、というポジティブなスパイラルに突入するにはどうしても課金が必要なのだ。

 

私は今、「でんこ」を強くするために、駅の争奪戦を勝ち抜くために、課金をしている。

 

しかし、私の「でんこ」が強くなり、駅の争奪戦を勝ち抜くことが出来ても実生活ではなんの役にも立たない。

 

 

 

 

わかっている、「駅メモ」にいくら課金しても私の実生活は豊かになんてならない。

この日記の最初に書いたように、私はスマホゲームの行き着く先をわかっているのだ。

 

ただ、わかっているのにやめられない。

ダメだってわかっているのに課金をしている自分がいる。

 

私は34歳を目前にして、スマホゲームの課金地獄にハマっている。

 

そんな現状が最高に痛々しくて、やるせなくて、嬉々として茨の道を突き進んでる自分が、逆になんかもう最高に清々しくて、愛おしくて、最高に幸せなのです。

強硬派として知られたい

私はいよいよ強硬派として知られる存在になりたい。

 

比較的ガチで。

ガチで強硬派として知られた存在でありたい。

武千代さんね、あの強硬派の、くらいみんなの共通認識であってほしい。

 

だいたいニュースで強硬派って出ると強硬派として知られている誰々氏、みたいなスタンスで紹介される。

その誰々氏になりたい。

知られたい、私が強硬派だということを知られたい。

強硬派として広く知られた存在になりたい。

それが今回の主題だ。

 

 

強硬派っていうものがよくわからないので色々調べてみたけど、21世紀の人智の神Googleでも僕が納得いく答えは出なかった。

wikipediaでも同じだ。

 

 

右翼とも違うし、タカ派とも違う。

なんなら左翼の中にも強硬派がいるらしい。

もうわけがわからない。

強硬派って右寄りなんじゃないの。知らないけど。

 

 

よくわからないけど強硬派でありたい。私は常に自分にとっての強硬派。強硬派マイセルフ。

 

でも強硬派がよくわからない。

雰囲気強硬派。私は雰囲気強硬派である。

 

 

もはや強硬派でいたいだけなので、何に対して強硬派であるかは私自身わからない。

とにかく強硬派なのだ、私は。

 

強硬派として周囲から認めてもらえるだめにはどうすればいいのか。

常に強硬手段にでればいいのか。判断に迷ったら強硬案を選べばいいのか。死ぬか生きるか、0か100か。

 

強硬手段に出るんだ。強硬案を提案するんだ。

こうなったら強硬手段だ、って独り言を言いながら仕事するんだ。強硬路線を支持するんだ。

 

トランプ政権の新補佐官ボルトン デスクに手投げ弾を置く超タカ派 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

私のデスクにも手榴弾置くしかない。やるしかない。やだ、怖い。

 

冷静と情熱のあいだから墓場まで

私は仕事に対してあまり、というか全然興味がないので仕事観とか、仕事に対する姿勢とかを上司と話してると嘘に嘘を重ねて最終的に逆に意識高い系になってしまうことがある。

 

ただ、上司と仕事の話をする時というのは自分自身の仕事が上手くいってない時、色々トラブルが起きてる時が多い。

 

トラブルが起きて上司と仕事観の話をしてるのに無駄に意識高い系の社員とかウザいと思うんですよね、単純に。いや、意識高いならトラブル回避しろよって。私が上司なら思う、その意識の高さ使い所間違ってるぜ、って。

 

ここ数日、仕事で色々とトラブって、もう私の出番がないくらいになってて、上司の上司も出てくるわいよいよ大ごとだなぁなんて思っていたんです。

 

そこで元凶である私と上司の上司が面談したりするわけなんですが、一事が万事こんな感じなんで逆に意識高い系な感じな返事しちゃったりしてもう自分のポジション見失ってる感じで。

 

お客様アングリーだよ、ソーマッチモアアングリーだよ、みたいにな横文字使っちゃいそうになる始末。

 

ソーマッチモアアングリーとか言ったら個人的にはすげー面白いんだけど言えないジレンマ。

本当の自分を隠しながら生きているフラストレーション。高まりますよね。

 

結局、サラリーマンである私は面白味あるより、仕事が出来る方を大事にする社会には馴染まないといけないんだけど。フラストレーションが凄い。もはや無理。面白くないのに頑張れない。面白いことが正義。

 

面白い毎日を送れるように、怒られない程度に仕事する。これこそ真理。私の目指すところ。

 

もうそれでいい。私はそれでいいと思う。

意識が高い系は任せた、君に任せた。ふんだんにリスケしてもらって構わない。お客様にアグリーしてもらえるように頑張ってもらいたい。