その男、武千代

34歳、独身、モッズ系、借りぐらしの崖っぷち。

「キャバレークラブ」に関する考察

新年の挨拶もないまま、こんな日記で2019年をスタートさせるなんてどうかしてるのはわかっている。

しかし、お風呂に浸かっている時に思いついてしまったのだから仕方がない。

 

今回、

 

『「キャバレークラブ」通称「キャバクラ」にどうして男性は依存するのか。』

 

について、私なりの考察を発表する。

 

◼️キャバレークラブとは

Wikipediaには、

キャバクラとは、キャバ嬢と呼ばれる女性が客席に付き接待を行う飲食店。ネット上で行う『ネットキャバクラ』という種類もある。料金は時間制で、常時接待を行う風俗営業(接待飲食店)である。

と書かれている。

そして、Wikipediaにはキャバ嬢が顧客を獲得するための営業手法等が事細かに書かれている。読みだすと面白くて時間を忘れてしまう。

 

キャバクラ - Wikipedia

 

◼️キャバクラ依存の始まり

当たり前だが、世の男性は生まれながらにキャバレークラブには依存していない。一般的に社会人になってから「キャバクラデビュー」を飾るケースが多いのではないだろうか。

社会人になると、会社の上司に連れて行かれたり、取引先とのお付き合いで連れて行かれたりと何かと「飲み会の後にキャバクラに行く」という機会が多くなる。

飲み会が多くなると必然的にキャバレークラブに行く機会が増えてくる。これが依存のスタートだ。

私見ではあるが、飲み会が多いと言われている特定の業種に、キャバレークラブに依存する男性が多いように感じる。

 

◼️キャバクラ依存度

【ステージ:1(依存度低)】

基本的に、

「誰かに連れて行かれない限りキャバクラに行かない」

というスタンス。自分のお金を払ってまでキャバクラに行かない。私の学生時代の友人の多くはこの[ステージ:1]の人間だ。

この状況の依存度はとても低く、キャバクラがこの世からなくなっても困らないレベル。いわゆる「まともな金銭感覚を持っている」男性だ。結婚するならこういう男性が良い。

 

【ステージ:2(依存度中)】

[ステージ:2]になると、

「友人や、会社の同僚と飲んだ2軒目か3軒目にキャバクラにだいたい行く」

という状況になる。

飲み会の後にキャバクラに行かないと気が済まないレベル。「飲み会」と「キャバクラ」がワンセット。

[ステージ:2]になる頃には、職場近くや地元のキャバクラに馴染みのキャバ嬢がいる。そして、「指名をする」という大人のお金の使い方を覚え、少しずつ1回あたりのお会計が高額になる。「まともな金銭感覚」が崩壊し始める。

中にはワリカンなのをいいことに「シャンパン」を入れたりする猛者も現れる。こういう男性は、他のメンバーの懐事情を考えていないので次回から飲み会に呼ばれなくなる傾向にある。

[ステージ:2]まで来ると自力でキャバクラを断つ事が難しい。「結婚」や「子供が産まれる」、「大病を患う」等、人生のターニングポイントがないとキャバクラから離れられない。

 

【ステージ:3(依存度高)】

「1人でキャバクラに行く」

これがキャバクラ依存の[ステージ:3]。キャバクラ依存の最終形。

[ステージ:2]、「飲み会とキャバクラがワンセット」の状況を長く続けると、たまに飲み会が一次会だけで終わると落ち着かなくなる。ワンセットのはずのキャバクラがないからだ。飲み会終わりでおもむろに複数のキャバ嬢に連絡を取り、出勤しているか確認をして、出勤しているキャバ嬢のいるキャバクラに足を運ぶ。もちろん、1人で。

中には複数人でキャバクラに行った後に、1人だけもう一度戻ったりする男性もいる。これが「1人でキャバクラに行く」、[ステージ:3]への入口という見解もある。

[ステージ:2]を経て、複数のキャバクラに馴染みのキャバ嬢がいる状況なので、1人で行けるキャバクラは何店舗もあり、1人でキャバクラに行ってもそれなりに楽しめる。むしろ1人で行った方が楽しくなってくる。周りのペースに合わせる事なく、自分の心ゆくまでキャバクラを満喫出来る。そして飲み会の後に、毎回1人でキャバクラに足を運ぶことになる。

こうなるともう病気だ。立派な依存症。

「まともな金銭感覚」はとうの昔に崩壊し、深夜まで酒を飲み、タバコの本数も増え体調不良、睡眠不足が常態化する。

こうなるとキャバクラ依存から抜け出すことは基本的に不可能だ。[ステージ:2]の段階で「人生のターニングポイント」があっても、「キャバクラ通い」をやめなかった猛者のみが到達出来る世界。それが[ステージ:3]。 

 

◼️なぜキャバクラに依存するのか

私や、職場の同僚数名はかつて[ステージ:3]であり、完全にキャバクラに依存していた。

その経験を基に「人はなぜキャバクラに依存するのか」という問題と向き合ってみたい。

 

【男だけで飲むことに限界を感じる】

毎夜のように男だけで飲んでいると、最初は楽しかった飲み会も、段々と新鮮味が無くなり、話の内容もマンネリ化してくる。

飲む人を変えたり、居酒屋を変えたりと目先の変化をつけるにも限界があり、「飲み会のペース」に「変化のペース」が追い付かなくなり、最終的に「男だけで飲むことに限界を感じる」ようになる。

出来れば異性で、会話の内容にも新しい風を吹かせてくれる存在がいないか、と考えた時に一番手っ取り早く解決出来る場所、それがキャバクラなのである。

いつものメンバーで飲んでいても、キャバクラに行けばまた新鮮な飲み会に早変わり。毎回同じキャバ嬢がいるわけではないので、同じ店に行っても前回とは違う展開が待っている。飽きたら別のキャバクラに行けば、また新しい展開が待っている。

「ノリの良くないとても可愛いキャバ嬢」より、「ノリが良くて面白い大して可愛くないキャバ嬢」の方が多く指名されているのも、「男だけで飲むのに限界を感じた」男性の心を掴んでいるからなんだと思う。

楽しい飲み会を求めて、男たちは夜な夜なキャバクラに通うのだ。

 

【無責任で許される】

社会人になると、なにかと「責任」がつきまとう。自分の不用意な発言や行動が、勤め先の看板を傷つけるかも知れないし、自分自身の出世や会社での立場に響くかも知れない、取引先に迷惑をかけるかも知れない。

「無責任」は「悪」とされ、「無責任」な人間を容赦なく糾弾する社会構造の中で、「責任」を取れる範囲で無難に生きているように感じる。

世の中に「無責任」でいられる場所は少なく、家族や恋人、友達と一緒にいるにも「無責任」ではいられない。人は生きている限り「責任」から逃れられない。

しかし、(お店のルールを守れば)キャバクラで、我々はある程度「無責任」でいても許される。

職場の事務員には出来ないようなセクハラ発言をしても、女友達には聞けない今日の下着の色を聞いても、上司の事を方汚く罵っても、過去の栄光を自慢しても、わけのわからないダンスを踊っても、最後まで歌えない歌を歌っても、大丈夫。時間内なら大丈夫。足りなかったら延長すれば、大丈夫。

仕事中はとても真面目な取引先の方が、キャバクラで普段見たこともない笑顔でキャバ嬢と騒いでいる姿を見ると、キャバクラでは職場や家庭での「責任」という足枷を外して楽しんでいるように見える。

キャバクラに依存する人は、「キャバクラ」という「空間」に対して、お金を払って「無責任」でいられる「時間」を買っているのかも知れない。

 

◼️キャバクラの正しい楽しみ方

[ステージ:3]当時の私の生活や、お金の使い方を考えると、自分のことながら「頭がおかしかった」としか思えない。今は少し落ち着き[ステージ:2]と[ステージ:1]の間くらいであり、キャバクラと適度な距離を保っている。

 

私のキャバクラ依存度が下がった原因は単純で、「飽き」だ。

 

どんな美味しいご飯やお菓子、面白い映画やテレビだって何度も続いたら人は「飽きる」。私はキャバクラに「飽きた」のだ。

飽きるほどキャバクラに行き、私の手元に残ったのは、キャバクラで貰った領収書と、キャバ嬢の名刺くらいのものだ。高い勉強代だったが、仕方がない。覆水盆に返らず、だ。そんな返ってこない「覆水」をすすって学んだことがある。

 

キャバクラは人の金で行け。

 

これが私が得た一つの「真理」だ。

世の中には接待交際費を使いたがっている人が少なくない数いる。そういう人の尻馬に乗って楽しむ、キャバクラに連れて行ってくれる取引先を増やす、これが最善の方法だと思う。「キャバクラ乞食」と呼ばれようが構わない、キャバクラには行きたいけど、もう自分の金は払いたくないのだ。

 

 

 

長々と書いてきたが、私のキャバクラに関する考察は以上である。私が見聞きした狭い範囲での考察なので、あくまで個人の感想として読んでいただきたい。

ただ、この日記が皆さまの適度なキャバクラライフに寄与できたら嬉しく思う。